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  • 「現在だけの心」「ゾーン」「動じない心」は在り方が違う。演技のエクササイズで体験した「あの状態」はゾーンなのだろうか?

    世間で言われている「ゾーン」の解釈は、僕が知準先生のご講話でうかがった「自由闊達な心」とはだいぶニュアンスが違う。

    ゾーンは子供の時体験している。ある問題週を解いていたら夕方になっていて、普段の自分では考えられない程の問題を解いてあった。数分しか経っていない感覚だったのに。

    では、自動操縦されていた自分を別の冷静な自分が観察していた、あのエクササイズでの体験は何だったのだろうか?あれもゾーンの一種なのだろうか?

    そして「現在だけの心」である。
    この心の人のことを知準先生は「達人」と呼んでいた。
    これは一過性の心のあり方では無く、不可逆的な心の状態だ。一度そこに飛んでしまうと二度とそれ以前の現在だけの心では無い状態には戻らない。恐らくこの心の状態は禅で言う「悟り」の状態と同様のものだ。治準先生も「現在だけの心」を説明されるときは、よく禅から引用されていた。この心は継続的なゾーンのようなものかもしれない。知準先生は80歳のとき、森田正馬先生のところで臥褥開けにすべてが落ちていた17歳のときから「あっという間だ」と感慨深くおっしゃっていた。

    (後記)ゾーンとは違うと思う。
    ゾーンは意思が一点集中の状態だが、現在だけの心はそうじゃない。と思う。だから多分何かが違う。